2025年 8月の記事一覧

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第17話 風にさらわれた自信

1. 新しい自分への期待その週の月曜日、トモユキは美容院の椅子に座っていた。美容師の手は確かなリズムで彼の髪を刈り込み、絶妙な長さで頭頂部の薄さを目立たなくしていく。「このスタイルなら、自然に見えますよ。お仕事にも合うと思います」そう言われて、トモユキは鏡の中の自分をじ

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第16話 影の輪郭

翌日、トモユキは出社する道中、何度も振り返った。昨日の夜に見た、あの街灯の下の赤いネクタイの影――あれが本当に現実だったのか、確かめるように。秋晴れの朝なのに、空気はどこか湿り気を帯びているように感じられた。オフィスに着くと、美香はまだ来ていなかった。デスクに座り、パソ

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第15話 声にならない言葉

翌日、トモユキは出社する前から妙な胸騒ぎを感じていた。秋の朝らしい、澄んだ空気。なのに、足取りは重い。昨夜スマホに届いた美香からのメッセージ――「明日、少しお話しできますか?」――が頭から離れない。赤い傘のキャラクターがこちらを見ているあのスタンプも。オフィスに入ると、

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第14話 赤いネクタイの影

翌朝、出社途中のトモユキは、改札を抜けた瞬間に胸の奥がざわついた。湿った秋の空気の中で、ひときわ鮮やかな赤が視界の端に揺れた気がしたのだ。それは昨日、カフェの外で一瞬だけ目にしたあの赤いネクタイ――。振り返る。しかしそこには、傘を差して足早に歩く人々の群れしかいない。雨

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第13話 音のない会話

朝の通勤電車は、いつもと同じ揺れと人の波だった。だがトモユキの心は、昨日とは違う。バッグの中にある小さな包み――返された折りたたみ傘が、妙に重い。あのメモ、「またお世話になるかもしれません」。ただの社交辞令にしては、引っかかる。気にならないようにすればするほど、その文字が浮かび

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第12話 傘の記憶

翌朝、湿度は少し下がっていた。空気は軽くなったが、胸の奥の重さは消えない。昨日、美香とすれ違ったときの視線――あれは、やはり偶然だったのか。それとも…。鏡の前で髪を整える。寝癖は直ったが、頭頂部はどうにもならない。光の角度によって、地肌がじわりと透けて見える。ブラシを持

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第11話 鏡の中の湿度

雨上がりの朝。目覚めた瞬間から、空気がまとわりつくように重かった。カーテン越しに射し込む光は白く濁り、部屋全体が湿った布で覆われているようだ。窓を開けると、昨日の雨を吸い込んだ街が、一斉に息を吐き出すような匂いを放っていた。アスファルトの亀裂からは雑草が、濡れた葉をぴんと伸ばし

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第10話 傘の下の距離

昼から降り出した雨は、夕方になっても一向に弱まる気配を見せなかった。オフィスビルの窓は雨粒で曇り、外の景色をぼやけさせている。ビルの向かいにある古いビジネスホテルの看板が、雨に滲んだネオンでぼんやりと赤く光っていた。その光が、トモユキのデスクに置かれたステンレスのマグカップにも

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第9話 視線の温度

午後二時過ぎのオフィスは、夏の蒸し暑さの名残をかすかに漂わせながらも、空調の効いた室内に沈黙が覆いかぶさっていた。窓の外の街路樹が、微風にそよぎ、柔らかい葉擦れの音がかすかに聞こえる。パソコンのファンの微かな唸り、コピー機の周期的な稼働音が、まるでオーケストラの弱音のように全体

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第8話 影の中で

光を避ける生活は、最初は小さな工夫にすぎなかった。会議室での座席を壁際に選ぶ、街灯の下を歩くときは帽子をかぶる。ほんの少しの注意で、自分の心は守られる――そう思っていた。しかし、日々はその小さな工夫を膨らませ、やがてそれは生活の中心を占めるようになっていった。朝、カーテ