第50話 言葉が抜け落ちた朝
朝、トモユキは洗面所の鏡の前に立っていた。 蛍光灯の白い光が、容赦なく頭頂部を照らしている。 湿った髪は、昨夜よりも正直だった。 ――変わっていない。 昨日、誰かを守ったからといって、 今日、髪が戻るわけではない。 それでも、 鏡の中の自分は、
髪の悩みについてどう対処したらよいのか髪にまつわる疑問などを綴っています
朝、トモユキは洗面所の鏡の前に立っていた。 蛍光灯の白い光が、容赦なく頭頂部を照らしている。 湿った髪は、昨夜よりも正直だった。 ――変わっていない。 昨日、誰かを守ったからといって、 今日、髪が戻るわけではない。 それでも、 鏡の中の自分は、
朝の改札を抜けるとき、トモユキは一度だけ、立ち止まった。ガラスに映る自分の頭。照明はまだ弱く、輪郭だけが浮かび上がっている。――今日は、言うべきか。――それとも、黙るべきか。その問い自体が、すでに過去のものであることを、彼はうすうす感じていた。な
翌朝、 トモユキは、 自分の席が少しだけ空いていることに気づいた。 物理的には、何も変わっていない。 机の位置も、椅子も、書類も。 だが―― 空気が違った。 「おはようございます」 声をかける。 返ってくるのは、 遅れた返事か、
昼休みの食堂は、 いつもより騒がしかった。 テレビでは、バラエティ番組が流れている。 笑い声。 軽薄な効果音。 トモユキは、 トレーを持ったまま、立ち止まっていた。 ――見えたからだ。 窓際の席。 ユウタが、同僚二人と向かい合って座っている。
その噂は、昼過ぎにはフロアの隅々まで行き渡っていた。 誰が最初に言ったのかは、分からない。 だが、トモユキには分かった。 佐々木ではない。 佐々木は、善意の人間だ。 少なくとも、本人の前で笑うことはしない。 問題は、その“外側”だった。
午前九時三十分。 トモユキは、会社の給湯室でコーヒーを淹れていた。 紙コップに注がれる黒い液体を、ただ見つめている。 ――あの夜から、三日。 美香に言ったこと。 「髪のせいかもしれない」と、先に口にしたこと。 それが、思った以上に尾を引いていた。
それは、衝動だった。 計画でも、覚悟でもない。 言葉にするつもりなど、本当はなかった。 その日、トモユキは美香と会っていた。 仕事終わり、駅から少し離れた小さな居酒屋。照明は暗く、壁には年季の入った木の染みが残っている。選んだ理由はただ一つ――明るすぎないからだ
それは、準備のないところに落ちてきた。 午後三時。 社内の小さな会議室で、トモユキは若手社員二人と向かい合っていた。業務の引き継ぎと、簡単な進捗確認。内容は難しくない。彼にとっては、慣れた時間だった。 緊張はない。 言葉も、詰まらない。 頭の中は、驚くほど静かだ
それは、あまりにも何気ない一言だった。 トモユキは、その日、取引先との打ち合わせを終えて、ビルの一階にある喫煙所の前を通りかかった。自分は煙草を吸わないが、そこを通るとき、いつも少しだけ歩調を緩める癖があった。理由ははっきりしない。ただ、誰かの生活の“隙間”を覗くような
その日は、何の予兆もなく始まった。 トモユキは、いつもより少しだけ早く家を出た。理由は特になかった。ただ、鏡の前で髪を整えているうちに、「今日は急ぐ必要がない」と感じただけだ。 その感覚自体が、彼にとっては珍しかった。 以前の彼は、朝という時間を嫌っていた。 光