第22話 美香の視線
スマホの画面に浮かぶ一文──「今日、偶然見たんだけど……あなた、ジムにいた?」心臓が跳ね上がった。手のひらが汗ばみ、スマホを落としそうになった。あの夜の汗に濡れた自分の姿。額に張りついた髪、照明で透けて見えた頭皮。美香は、あれを見てしまったのか。「やばい……」
スマホの画面に浮かぶ一文──「今日、偶然見たんだけど……あなた、ジムにいた?」心臓が跳ね上がった。手のひらが汗ばみ、スマホを落としそうになった。あの夜の汗に濡れた自分の姿。額に張りついた髪、照明で透けて見えた頭皮。美香は、あれを見てしまったのか。「やばい……」
会社帰りの電車。トモユキは、バッグの中の小さな紙を何度も指でなぞっていた。それは駅前のスポーツジムの体験チケット。先輩の佐伯と約束したあの日から、ずっと気になっていたが、ようやく今日、思い切ってジムに足を踏み入れる決意をしたのだ。「血行をよくすれば髪にもいいって言うしな
会社の帰り道、トモユキは久しぶりに同僚の佐伯に誘われ、駅前の居酒屋に立ち寄った。佐伯は同じ部署の先輩で、普段から人当たりが良く、仕事も早い。トモユキにとっては、尊敬と嫉妬の入り混じった存在だった。「いやー、雨が続くと気分が沈むな。トモユキ、お前も疲れてる顔してんぞ」「…
夜の雨は、街全体をやわらかい膜で覆っているように感じられた。会社帰りのトモユキは、傘を持っていなかった。降るかどうか迷った結果、空を甘く見て、鞄の中に折り畳み傘を忍ばせることすら忘れてしまったのだ。「……まあ、濡れてもいいか」だが、本音では良くなかった。濡れるこ
1. 朝の予感翌朝、鏡に向かったトモユキは、昨夜からずっと気にしている頭頂部を入念にチェックした。「大丈夫、目立たない」そう自分に言い聞かせるものの、心は落ち着かなかった。キャップを被るわけにもいかない。今日は社内プレゼンがある。彼はワックスを手に取り、薄い部分を隠すよ
1. 新しい自分への期待その週の月曜日、トモユキは美容院の椅子に座っていた。美容師の手は確かなリズムで彼の髪を刈り込み、絶妙な長さで頭頂部の薄さを目立たなくしていく。「このスタイルなら、自然に見えますよ。お仕事にも合うと思います」そう言われて、トモユキは鏡の中の自分をじ
翌日、トモユキは出社する道中、何度も振り返った。昨日の夜に見た、あの街灯の下の赤いネクタイの影――あれが本当に現実だったのか、確かめるように。秋晴れの朝なのに、空気はどこか湿り気を帯びているように感じられた。オフィスに着くと、美香はまだ来ていなかった。デスクに座り、パソ
翌日、トモユキは出社する前から妙な胸騒ぎを感じていた。秋の朝らしい、澄んだ空気。なのに、足取りは重い。昨夜スマホに届いた美香からのメッセージ――「明日、少しお話しできますか?」――が頭から離れない。赤い傘のキャラクターがこちらを見ているあのスタンプも。オフィスに入ると、
翌朝、出社途中のトモユキは、改札を抜けた瞬間に胸の奥がざわついた。湿った秋の空気の中で、ひときわ鮮やかな赤が視界の端に揺れた気がしたのだ。それは昨日、カフェの外で一瞬だけ目にしたあの赤いネクタイ――。振り返る。しかしそこには、傘を差して足早に歩く人々の群れしかいない。雨
朝の通勤電車は、いつもと同じ揺れと人の波だった。だがトモユキの心は、昨日とは違う。バッグの中にある小さな包み――返された折りたたみ傘が、妙に重い。あのメモ、「またお世話になるかもしれません」。ただの社交辞令にしては、引っかかる。気にならないようにすればするほど、その文字が浮かび